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HOME > コラム【黒潮ヒデの競輪道四十七次】 コラム【さとうゆみの輪くるライフ】へ
コラム

下記イラストは競輪絵師竹田氏の作品です。ホームページはコチラ>>  
抜き打ち練習
2009.12.30

この時期はあちらこちらで忘年会をやっている。

そこでオレも久々に選手会の忘年会に呼ばれ参加することに・・。 大介も出席するということで、例によって迎えを頼むことにした。

風呂に入り準備万端・・。大介が定刻通り我が家へ到着。

車に乗り込み、しばらく雑談をしていたが・・・。
話の内容が競輪になると師匠の立場で今年1年を振り返った。

オレ的には今年の大介の成績に不満を抱いていただけに、 ついつい練習のことやレースのこと話が及んでいく。

大介も今年は不本意だったと訴えはじめる。

「それじゃあ、暇なときはオレが車誘導でもバイク誘導でもやってやるか?」と申し出ると・・。途端に口を閉ざしてしまった??。

尋ねると「競走の日程が・・」というだけ。 ハハ〜ン。そうかおれの誘導がいやなんだな。と察した。

思えばアマチュア時代、慎太郎(福森)や貴司(宮内)大介を結構しごいてたが! それは結構しごいた程度だ。

もう20年以上前だが、アマチュアで大橋君という選手がいた。 その彼を車誘導で引きずり回しヒーヒー言わしたことがある。

大橋君の顔は苦痛でゆがみ、悲鳴に近い声とともに顔は赤を通り越し紫色に変色。
このまま逝っちゃうのか?と思われるほど。
それはまさに壮絶そのもので人間の限界をみたような光景だった。

オレが現役を引退したとき、弟子達にはあの大橋練習をともくろみ
「いつでも練習に付き合うぞ」と言っておいたのに。
あれから8年たっても誰一人オレに練習を付けてくれといってこない。
貴司など、メールで競走の後に連絡があるだけで練習のレの字もない。

もしオレがオレの弟子でもそうしたかもしれないが!。

来年は抜き打ちで強制的に練習でもつけてやるか!!

ーPSー  
GPは16年ぶり滝さん以来、海老根の優勝で嬉しいね〜
皆さんまた来年もよろしくね!!!

年末パトロール!!
2009.12.16
 
地球温暖化のおかげで、ロシナンテの冬眠は先送りとなった。
そこで必要になってくるのはホカホカの冬物のジャケットとなる。

「ちょっとそこまでパトロール」とカミサンに告げ千葉のバイクショップに出かけていった。
が、冬物はベラボーに高く、今のオレの財政を考慮すると手が出ない。
しかたなくウインドーストッパーのモモヒキで我慢することに・・。


帰りは少し遠回りしチンタラと都賀から51号に抜けるルートを選択。
都賀に差し掛かり信号待ちをしていると・・。

道路の反対側のセブンイレブンのオバチャンが大声で「助けてください!」と叫んでいるではないか!
目を凝らと、なにやら怪しいオヤジと店員2人が店の外で揉み合ってる。

ただならぬ雰囲気に「ありゃ、これは強盗かドロボウだな」と直感。
急いで店に急行、ロシナンテから飛び降り、コンビニへ・・。

するとオバチャンが慌てた口調で「この人ドロボウです。警察に電話をしたので捕まえて下さい」と・・。(この時点でオッサンは店員3人に腕を押さえられた状態)。
「分かった」と、オバチャンに換わりオレがオヤジの腕を取り後ろにひねり上げ、
逃げられないように捕まえていた。

オバサンの話によればオヤジはタバコを盗んで逃げようとしたとのこと・・。

事情を聞くうちに妙に冷静になっているオレがいる。
すると回りの状況がよく見え「何だろう、何してんだ?」とコンビニに入ってくる人たちが2〜3人。
いぶかしげにこっちを見るのだが、目の前で起きている事が理解できないのか、
まったく無関心に買い物を済ませ立ち去っていく。

タマゲタ事にオッサンを押さえてるオバチャンも買い物を済ませ去っていくお客に
「ありがとうございました」だって・・・。たくましいプロ根性に呆れる。


そうこうしているうちに、まもなく到着するはずのお巡りさんが中々来ない。

その間腕をグイっと押さえつけられたオッサンはとうとう観念したのか大人しくなってしまい、「逃げないから手を離してくれ」と訴えてきた。
するとオバチャンは捕らえた獲物を逃がしてはなるものか!!と言わんばかりの勢いで、「ダメよ!絶対に離したらダメ!」と目を爛々と輝かせてる。

何分か時間が立ち、このオッサンが哀れに思えてきた・・。

たったタバコ1箱を盗みこんなことになって・・。
歳のころは60後半か70を過ぎたぐらいだろうし、結婚していれば子や孫がいてもおかしくない。
人生の終盤に差し掛かりこんな失態を犯すとは・・・。
なんとも情けない。いや、情けなさ過ぎる!

と、考えている間にやっとお巡りさんが到着。
犯人を引き渡しそそくさと帰ってきた。


家に着いてこの一部始終をカミサンに語ると感心しきりにうなずき、
お褒めの言葉まで頂いたが、後がわるい。

ナント「ところでヘルメットとかジャケットは脱いで取り押さえたんでしょ」と。
「ハア?どうして?万が一があっちゃいけね〜から着てたよ。」と言えば
「ナイフとかでジャケットとかヘルメットが切られたもったいないでしょ」といいやがった。
無事だったからこんな冗談もいえるが、ホントに刃物を持っていたら、と考えるとゾっとする。
傷心の養老渓谷
2009.12.2
 

競輪祭はキレイサッパリとやられてしまった。

あまり愚痴をこぼさないK先輩記者も「生まれてこなければよかった」とポツリ一言・・。

ありゃ、こりゃそうとうやられたな!!と、声も掛けられず帰ってきた。
オレも先輩のことを心配できる状態じゃないのに・・。
そんなわけで、しばらくは競輪活動家を自粛するはめに。

そんじゃ「愛車ロシナンテの冬眠準備でもするべ〜か」と
朝から車庫にもぐり、ロシナンテを洗車しワックスを掛け磨きに取り掛かった。
ズボラなオレだが、やるときゃやる!
一心不乱に作業に精を出し一段落し「よしよし、きれいになった」などと独り言をつぶやいていると・・・。
「あ〜ら、きれいになったわね」と、カミサンが後ろから声をかけてきた。
ビックリたまげ振り向くと、「アンタ!そんなことしているようだと、お金ないんでしょ」と、ドキっとする突っ込み・・。
救済措置があるのではと勤めて明るく「はい、まったくありません」
と答えると「あっそ、しばらく反省したら」と立ち去っていきやがった。


アッタマにきた!
ロシナンテを冬眠させる前に、気分転換を兼ねチョイ乗りに出かけることに・・。

持ち合わせのカネもほんの少ししかなく、一般道でいけるとこは?と考えた挙句、
現役のころ街道練習をしていた大多喜方面に向かうことにした。
紅葉も見ごろだし、お目当ての蕎麦屋もやってるし、
少しは癒されるだろうと養老渓谷と決め出発。


佐倉ー八街ー大網ー茂原ー長南ー大多喜と経由し一般道をひた走る。
ところどころに思い出が落ちており、ここでもがいたっけとか、この坂はきつかったとか、当時を思い浮かべてのツーリングもまたオツなもの。


なけなしのジャラ銭をはたき、食ったソバもまた格別の味わいで気分転換完了!!

帰りはうぐいすラインを経由し家路を急いだが、道路工事の真っ最中。
道路は掘り返され砂利道となり、砂埃のオマケつき・・。

家にたどり着いた時にはロシナンテともども泥だらけ。

またまた車庫で洗車のやり直しと相成り・・トホホ。


カミサンいわく、いい年こいて短気は損気!!

あんたはアタシの言うことを聞いてればいいのよ!

この男の強さは…
2009.11.18
 

山賀が強え〜!

地元千葉で開催されたトウチュー杯F1で完全優勝を果たした。

松阪記念を優勝し勢いに乗る中川誠一郎や、
このバンクを得意とする伊藤保文らが、まったく相手にならない。

初日はスピードチャンネルでテレビ観戦をしていたが…。
このメンバー相手に500バンクを先行し、番手すんなりの望月永悟を振り切り逃げ切る。

オっ、こりゃ強い…。

明日は現場でイベントもあるし好都合だ!と、2日目準決勝を目当てに出かけていった。 準決勝はそれぞれ主力どころが波乱の展開もなく勝ち上がった。

が、最終12Rに出走した山賀のレースはいささかヒヤヒヤさせられた。
(実はいささかどころではない)
窪田が先行する展開だったが、山賀の位置は後方7番手…。
しかも窪田、馬渕の後ろが離れ山賀との車間は10車身以上はあった。

それをバック過ぎから仕掛けても「あ〜あ、間に合うはずねえべ〜」と諦めかげんだったが、 ここから一気にまくりグングン加速し、前団が止まって見えるくらいのスピードでゴールを駆け抜けた。

いやー久しぶりにバクバクとなったが、「明日はどんな展開でも負けようがない」と、この1戦で確信!

レースを終え取材に行くと、山賀の番手を回った望月に出会い話を聞けば
「やべ〜。届かない」と思ったが、 届いてしまったのでビックリしたと…。 窪田の番手を回った馬渕も4コーナーで楽勝と思ったが、あの展開で届くとは…。
「山賀ってあんなに強いの!」と呆れはてていた。

当の山賀はローラーでクールダウンをして涼しげな表情で届く自信があったと。

「へえ、そりゃすげ〜や。あれでも焦りはなかったんだ」とたずねると
「ぼくはものすごく強いんです。」だって…!

この男の強さは、ポジティブに物事を考えるところなんだ。と実感。

そういえば、前にも平原を相手に「カマシてきたら合わせる自信がある」と言ってたっけ…。(その時はあっさりやられてしまったが…)

優勝インタビューでも「常に優勝を目指して参加してます」ときっぱり答えていた姿が印象的だった。

次回の小倉競輪祭でもひょっとすると…ひょっとするかも!山賀のポジティブさに乗せられて期待してみるか…!!  

テレビCMでジャンが鳴る
2009.11.4
 
 共同通信から四日市記念、松戸ナイターと絶不調の佐倉3バカ。
 このままじゃ流れが変わらね〜!
 ということになり、なけなしの金を集めゲン直しにスッポンを食べようということになった。
 夕方仕事を終え現地集合。

 そこには割り勘要員にカミサンとシン君も参加させ、5人の佐倉のバカ?がそろって一杯飲みながら他愛もない話で盛り上がる。

 ああだこうだとイロイロ話が弾み、コロッと話題を替え「この前面白いCMを見たよ」とオレが話を振った。
 そのCMは家庭で電気が消えたり、点灯したりと調子が悪い。
 作業員が点検をしに小屋へ行くと固定自転車に乗り発電をしてるオヤジがへたばってる。
 そこでカミさんがジャンを鳴らしだす。するとバテバテだったオヤジがモガキ出すというストーリー‥。こりゃまさしく競輪じゃね〜か。
 これが面白いと話すと、山ちゃんが「あっあれ、あれはオレがパソコンで企画練り提案したんだけど」と‥。

 「へえ、ホント」と全員で目を丸くし、「さすが山ちゃん!仕事と競輪を両立させるとはさすがだね」と褒め称え? 大笑い。

 「ところで宝くじはどうなった?」と尋ねればまだ見てないと。
(ちなみに3バカで○○ジャンボとか大きいやつは3人で出資し買っている)。

 ここでカミさんが出張って「ああ、アタシも買ったわよ」と‥ハイテンションでまくし立て後は一人舞台‥。

 「1等が当たったらミンナをリムジンで銀座へ連れて行き高級なスーツを買い、目ん玉飛び出るようなお寿司屋でご馳走してあげるわよ」と、誇らしげに語り胸を張る。

 「ほう、それから、どうすんの?」と期待しつつ聞けば、ナント「後は老後のために貯金よ!!」

 「ヒェー、ちっちぇー!当たってもいねえのに、それかよ。貧乏人の考えそうなこった」と、うっかりいってしまったオレ…。

 山ちゃんが「あっ、オレ知らね〜」と。
その一言で場の空気が一気に冷め、ミンナの視線もオレに。当然、カミさんも‥!。

 後はお察しの通りでござんす!!

昭和の匂い
2009.10.21
 
 突然、S先輩から絵文字付きのメールがきた。
千葉記念に行くから暇なら飲もうという内容である。

 先輩と前回飲んだのは、8月の平塚ナイターにいったときだから、2ヶ月前になる。
このときに割り勘での申し入れも「オレの地元だから、イカン!今度千葉にいったらゴチになるから」とかたくなに割り勘を拒否。それじゃと先輩の顔を立ててゴチになった。


 S先輩は昔から体育会系バリバリの硬派・・、言い出したら聞かないタイプなのだ・・。

 そんなん先輩からの絵文字メールなのだからと、こちらも覚悟を決め絵文字メールで返信する。
するとまた絵文字メールで喜びを表す返事が返ってきた。
こりゃ益々もって気合を入れ付き合わねばと、
千葉記念の初日に一杯やることに・・。

 約束の当日、先輩と待ち合わせて、めったに行かない寿司屋へ足を運んだ。

「悪いな、悪いな」と言いつつも、全然悪びれることなく喜んでいる。

 飲み始めて両手の拳にキズを発見!
また飲みすぎてどっかで転んだんだろうと聞いてみると、話が違った。

「娘の彼氏が娘を嫁にくれと、家にやってくる。
そのときに腕相撲でやっつけてやる」と拳立てをはじめたとのこと・・。

 まったくいい歳こいてようやる・・。で婿さん候補が嫌いなのかと尋ねれば、「そんなことはないが、男は力だ。力のない男じゃ娘を幸せにできっこない」と力説。
この事が引き金となり酒量もピッチもグ〜ンと早くなり、
気がつけば、人酒を飲むをとうに過ぎ、酒酒を飲むから、酒人を飲むまで突き進んでしまった・・・。


 忘れ去られた昭和の匂いをプンプンさせるS先輩!貴重な存在に違いないが・・恐るべし!。

 ほとぼりが冷めたころ、また一杯やりたいものだ。  

 あくまでホ・ト・ボ・リが冷めたころに・・。^^”

勝負強い弟子
2009.10.7

 先月の29日に、親王牌を優勝した海老根の祝勝会に行って来た。
誠(鈴木)が松戸ダービーを優勝して以来実に7年ぶりのG1優勝とあって、地元ファンや関係者、選手たちが海老根の優勝を祝いに駆けつけてくれていた。

 ざっと見渡しても300人以上はいるだろうと思える人数にも、
「ようやく、地元からG1優勝者が出てくれた」との想いが伝わりオレも自然と笑みがこぼれる。

 ヒーローの海老根が壇上に上がり、来賓の方達の祝辞も一通り終わる。
後はカンパイをし、和やかな歓談タイムという段になりテーブルにビールが運ばれてきた。
ところが「ん?」オレらのテーブルだけコップが置かれていない。

 回りのテーブルは確かにコップが置かれているのに・・・。
慌ててウエーターさんにコップを持ってきてもらい、ナントかカンパイに間に合いホッと一安心。

 次から次と運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、酎ハイでそれらを流し込む。

 その間、東師匠の進行でS級で活躍する選手たちが舞台に上がり、海老根の優勝を祝うスピーチが繰り広げられる。
そんな楽しい時間も後半になり選手会の役員による抽選会が始まった。

 豪華な景品を前に、出席者全員が本気モードで壇上で抽選箱に手を突っ込む海老根に注目が注がれる。
次々に当たり景品の数も消え始めていく。

 最後には景品の目玉の32型の液晶TVだけとなり、これを賭け参加者が海老根とジャンケン勝負!

 100人以上が参加しての大ジャンケン。
次々と敗退していく中、弟子の宮内貴司が最後まで残りファンとマンツーマン対決となった。

 グーだ、パーだと同点が続き、観戦するギャラリーの中から声援が飛び出す。

 オレもついつい掛け声を発し貴司に気合を入れたりして・・。

 それが功を奏したのか、普段はあまり目立たない貴司が32型液晶TVをゲットしてしまった。
回りからは歓声とも溜息つかない声が漏れ、どこからか、師匠も勝負強いが弟子もか!と

 賞賛?の声が聞こえてきた。

 まだA級優勝のない貴司だが、海老根の強さをもらい、内輪でささやかな祝勝会を上げたいものだ。

 

羽田の駐車場代…
2009.9.23
 
 前検日の前日に松山オールスターに行く仕度をしてると、
大介から「明日の6時に迎えに行きます」とメールが入った。
「了解しましたOK」と返事を返し準備を進め完了・・。

 出発の朝、5時に起きて飛行機のチケットを見ると、ナント7時25分と明記してあるではないか・・。
大介がオレを迎えに来るのは、たしか6時・・・。
こりゃ絶対に間に合わね〜!

 慌てて大介に電話を掛け、一人で車を飛ばし羽田に向うはめに・・。
なんとか間に合うが、帰りの駐車代金のことがスゴク気がかり・・!
そんなんで今回は「何が何でも頑張らねば!」の決意を胸に秘め、
瀬戸風バンクへ。

 仕事のほうは、初日から前橋の実況でおなじみの磯さんとオッズチャンネルを占拠し、言いたい放題の番組を担当。
日ごろの型にはまった解説とは違い、肩に力が入らずついつい言い過ぎてしまう場面もしばしば・・。


 車券的には初日、2日と順調な滑り出しを決め「今回のオレは乗れてる」と確信。
 3日目は少しやられたが、それでもノーホーラーは免れ要所要所で引っかかり大事には至らず、まだまだいけると勘違い・・。

 4日目の準決勝が勝負と決め、山賀を使う海老根の頭で大勝負!!


 これが墓穴を掘る結果になるとは・・・。

 あ〜あっ・・やっぱりおれは競輪活動家であった。


追伸、 羽田の駐車代は奥の手を使いゲット!

奥の手とは、ヒ・ミ・ツ・・。
トウダイシンドローム
2009.9.9
 

 「ヒデヒトさん。明日、暇でしょ。トーダイに乗せてって」とカミサンからお願いされた。
オレを名前で呼ぶときは、いつもお願いというよりも半強制的なときが多く、横になりダラダラとテレビを眺めていても、ムクっと起き上がり話に耳を傾けなければならない。

 生返事でもしようモノならタイヘン・・・。
ここは色よい返事でご機嫌伺いをするしかなく「いいよ。了解しました」と一つ返事で最敬礼・・。

 「どこの灯台に乗せていけばいいの!」と尋ねると
 「トーダイと言えば東京に決まってんでしょうよ。」 と。
 「へっ?、灯台って東京大学こと・・何しに」と、聞き直すと「私の知人が入院してるから、お見舞いいくのよ」
ああ、東大病院のことか・・。理解し翌日ナビを頼りに東関東道を一路東大病院に向け出発。

 首都高上野で降り東大に近づくと妙に緊張感が沸いてきた。

 何だろうこの緊張感は?
もしかして日本の最高学府に対する畏敬の念か学力コンプレックスかも?
そんな気持ちで正門に入り構内を見渡せば、歩く人たちがみんな東大の学生か教授に見えてくる。

 カミサンに、このことを伝えるとカミサンも同じ事を思っていたと・・!。

 車を駐車場へと走らせ2人とも恐る恐る回りに目を配り、病院の案内表示に従い進んでいくと、そこに守衛さんが立っている。

 オレが「あの人も東大のOBかもよ」と水を向けるとカミサンも「そうよね、ここは東大ですものね。東大出の守衛さんがいたって不思議じゃないわよね」と・・。
(心の中で、ありえん)とつぶやくも・・・・。

 駐車場へたどり着いたときには東大シンドロームにかかっていたようで・・。

 院内の受付係や、看護師さんまでもが東大卒と認識してしまっている自分がいて、病室を尋ねるにも緊張が走る。

 なれない敬語を使い知人の病室を尋ね、お見舞いをすませ・・、早足で病院を後にし退散。

ウ〜ン・・最高学府の東大!オレにはここの敷居は高すぎる!

サプライズ・ツーリング
2009.8.27

 好天に恵まれたせ先週、奥日光へとカミサンと娘と連れ立って家族旅行を計画立 てていた。 宿の手配は日光に住む我がトーチュウのカッチャン(伊藤克信さん)にお願い し、準備万端・・。

ところが、当日の朝になり娘が行けないと・・。「へ?何で?!」
「ゴメン、前々から予定が入っていたのを忘れていたの」と、するとカミサンも
「じゃあ娘が行かないならアタシも!」
「ゲッゲ〜・・。ふざけんなよ!今更キャンセルなんか出来るワケあんめ〜よ。」

カッチャンに頼んだ手前断るわけにも行かず、「こうなりゃオレ一人でも行って やる」と決意。

そこで急遽バイク仲間の加藤浩次選手とOBの高橋浩一君を誘ってみることにした。
朝早い時間の申し入れに、戸惑いを隠せない様子が電話の向こうから手に取るよ うに伝わってくる。

オレも一人ではかったるいし、躊躇する二人に考える暇を与えることなく、 半ば強引に甘い言葉で誘い出しやっとの思いで3人のツーリング作戦に成功・・。

午前10時にいつもの場所で待ち合わせ、いつものペースで快調に奥日光へと進 軍開始。


いろは坂を登り、中禅寺湖に差し掛かる頃には下界の茹だるような暑さがウソの ように、涼風が心地よく肌をくすぐる。
肌で風を感じ爽快に走ることもバイクの醍醐味の一つだし、自分の走ってる姿を イメージ(カッコよく)し妄想にふけるときなんざ気持ちが高揚してくる。

そんな妄想を抱きつつ奥日光の宿に到着すれば、そこは高級リゾートホテルで、 オレらにはちょっと敷居が高い。 ついでに値段も高そうだったが・・。

地元の顔役カッチャンの口利きとあってべラボーに安く、大助かり・・。
カッチャンありがとね・・。

温泉も最高、景色も最高、飯も酒も最高。

翌日も温泉めぐりをし夏バテ気味の身体も心もリフレッシュが完了!!

それにしても我が後輩達には恐れ入る!
当日の朝、いきなりの申し出の一泊ツーリングに付き合ってくれるとは・・・。

これに懲りず、またサプライズツーリングに付き合ってちょ!!

 

オレの様子がおかしい?
2009.8.12

 運転免許更新の手紙が届いた。
早いもので前回の免許更新をしてから3年も経ていた。

その間に交通違反をやらかしているモンだから、違反講習に回され2時間講習を受けるはめに・・。
トットト済ましてしまうべく朝早くに、免許センターに行くことにした。

現地に行くとオレと同じような境遇の人間は結構いるもので何列にも並んで呼び出されるのを待っている。
順番が来て顔写真を撮り2階にある講習室へ入り、机に座り教官先生を待つことにする。

教習時間ピッタリに教官がやってきて講義が始まる。
が、5分ぐらいしたころからオレの様子がおかしい?
どうしても教官先生の一本調子で語る講義が子守唄に聞こえてくる。すると我慢していたモノも我慢しきれずとうとう睡魔が・・・。
(ちなみにオレの座ってる位置は教室の中央の一番前のポールポジション)

机に肘を付きアゴを乗せ教本に目線をやってるフリをするが、どうしてもマブタが垂れ下がってくる。
1時限目の半ばを過ぎる頃にはベタ〜っとうつ伏せに寝そべり、時折ピクっと起き上がりまわりを見渡す始末・・・。
教官に目を向けても先生はオレなど意に介さず淡々とカリキュラムをこなしている。
さすがに教官先生はこの道何十年のエキスパートである。

10分の休憩を挟んで2時限目は交通事故のビデオや安全運転のテストみたいなのをやり、眠気も吹っ飛びなんとか無事講義は
終了し免許証を受け取る。
今の免許証はICチップが内臓されてるそうで個人情報は免許証に掲載されてない。
いや〜、文明の進歩を感じる。

帰りはビデオを見せられた効果がテキメン、しっかり安全運転を心がけ家路にたどり着きました。

 

佐倉の3バカ!!
2009.7.29

 青森の親王牌でもイーブンで弥彦記念では大当たりと、このところ絶好調!だった。

  この勢いで乗り込んだ川崎サマーナイトフェステイバル・・。初日の1レースを「サマーナイトだから内藤と晴智で」と、ダボラを吹きながら車券を購入に行こうとしたら締め切られてアウト。
 なんとこれが大穴・・。カラ予想が的中してしまいい〜やな予感が・・。

  こんな日はやられモードと感じながらも、出かけに決めていた3レースの村上で本日一番の大勝負を打って出た。が、結果は無残にも村上が4着に沈みオレの野望もオジャン。

  まあ仕方ないと、気を取り直すも、ことごとくハズレ弥彦の勢いはどこへやら!

  2日目は千葉場外で打つも、まったく精細がなくサッパリ。
  一緒に行ってた山ちゃん、アイちゃんも同様ピリっとせず壊滅状態となり、「流れを変えよう」ということで千葉の競輪好きな寿司屋で一杯!

  ほとんどヤケッパチに近くビールに始まり〆張り鶴の冷酒四合ビン2本をやっつけ、挙句には焼酎も・・。
  ここまでやってしまうと完璧な泥酔オヤジが出来上がりナニがナンダかちんぷんかんぷん・・・

  どう家に帰ったのかも分からず、あくる朝カミサンにありがたいお小言をいただく始末。

  それでも前の晩に山ちゃんたちと約束した「取手で頑張ってる大介をを応援に」とサテライト成田へ取手のFT最終日をやりにいく。

  昨日のお神酒が利いたようでオレはボチボチで負けなしでマズマズ終了!アイちゃんも語るほどではないようでトントンか?

  最終レースを山ちゃんが大介の頭から抜け目勝負で大儲け!!
久々の大ヒットに山ちゃんスマイル連発で、「昨日の寿司屋でナニを食ったか分かんねえから、リベンジに行こう」と、山ちゃんの一声でわざわざ千葉までお供を・・。

  寿司屋のオヤジも呆れ顔で迎えてくれ、山ちゃんの快勝にカンパイ・・!「これがあるから競輪はやめられね〜」と言うとすかさずアイちゃんが「やっぱりオレらは佐倉の3バカだ!」の一言で大笑い!!

東北縦断ツーリングの旅
2009.7.15
 

「今年の親王牌はバイクで!」と年頭に決めていた!

  いよいよ親王牌が近づき計画を練ると、どうしても早めに家を出て行かなければ「東北での温泉三昧」が実行できない。そこで、6月30日を出発日と決めた。が、その日は朝から雨…。宿は予約してるし行くしかね〜べ!!と午前9時に青森に向け家を出た。

  埼玉を過ぎたあたりで雨もやみ、合羽を脱ぎ、快適ツーリングができ岩手は盛岡の国見温泉泊まり。ここの湯は世にも不思議な緑色をしており、たっぷりと秘湯を味わい旅の疲れはどこへやら・・。

  あくる日も外は雨・・梅雨だからしかたね〜、と腹をくくり今度は本州最北端の大間を目指す。途中、途中で休憩を入れ、初めて見る景色に感動しながら夕方5時に大間崎に着く。

  お目当ては当然のこと大間のマグロ!!
 ここでマグロをやっつけなければ何しに来たんだ?ということで宿で聞いた近くのすし屋へ足を運んだ。

  地酒の田酒を飲み、大間のマグロを堪能した次の日は、恐山へ・・。
途中で下風呂温泉、薬研温泉の奥のあるカッパの湯にも立ち寄り、たっぷり湯をいただき、目指すは恐山!。

 話には聞いていたが・・・。実際に訪れた霊場恐山は何とも言いがたい雰囲気に包まれ、身が引き締まる思い・・・!。
 参拝をすませ、境内に掘っ立て小屋があり男湯、女湯の立てカンバンが? はて、もしかして温泉?

  売店のオバチャンに尋ねると自由に入浴ができるそうで、それじゃあ入ってみるべ〜と恐山温泉で一汗流すことに。

  ゆっくり浸かっていると、「あ〜ら不思議!」。気持ちの問題なのか、何だか身体が段々と楽になっていく気がしてきた。52年間の現世の垢とともに、いろんな憑き物がすっかりとコソゲ落とされた感じがして、「今回はヤレル!!」と強い気持ちがみなぎってきたようだ。

  そんなこんなで初日、2日目と連勝を飾りサイフが悲鳴を上げそうな勢い。
 「ウ〜ン、こりゃやっぱり恐山効果か」と感じたような前半・・ムフフ。

  こりゃ大儲け間違いない?と3日目は輪を掛け勝負を打って出るも、どうも調子がでない。
 最終日こそは回収できると決め付け、サイフが薄くなっていくのもお構いなく前々に攻めるのだが・・・・さっぱり。

  こりゃいかんと最後の手段。恐山方面に向かい手を合わせ神サマ?仏サマ?頼み。

  さあ、ここは大穴車券の3連単5、000円をぶち込み、当たればウン百万のプッツン車券を購入・・。

  終わってみればヤッパリで、恐山効果はすでに使い果たしていたようで…。

  最終レースに次の宿泊代を賭け海老根に期待しかろうじてゲット!

 アンガト海老根サマで、後半も放浪の旅が続けられることとなった!

 後半はバイク仲間である宮城の尾形優選手と青森競輪場で待ち合わせ、竜飛崎に向かう。

 あくる日は日本海側を巡り帰路に着く予定だった。

 このことをカミサンにメールで伝えると・・「こちらは心配なく、思う存分旅を
楽しんで下さい」と…。

  なんだかヤバイかな?と思いながらもせっかく許しをもらったのだからと居直ることにした。

 ところが翌朝はまた例によって雨、しかも強風のオマケつき。
とてもじゃないがのんびり放浪するどころではなく、早々に家路を目指すこととなった。

 嵐の中のツーリングはヘロヘロ状態で終了・・。

 久々にカミサンや娘と顔を合わせるとモンクも言わずニコニコとお出迎え。小言を言われることもなくホッと安心。が、これがお仕置きの始まりとは・・。

 一杯飲み「オヤスミ」と床に着いた途端、カミサンと娘がやってきて、耳元で囁きだした。
 
  「お疲れなのね、お疲れなのね、お疲れなのね〜 」とこれを何度も連呼。

 たまらず布団をかぶり防戦すれど相手は2人。とうとう白旗を揚げ「ゴメンね〜」と侘び、勘弁してもらい寝かしてもらった。

 いや〜〜マイッタよホント!!

  おんなの連携はキビシイね!

 だけど、こんな事じゃオレはめげそうもない・・”。

岩本俊介がS級初見参!
2009.7.1
 高松宮杯が終わり千葉のFTにレインボーカップファイナルで特進を決めた岩本俊介が登場。A級戦は押さえ先行を武器に、強烈なダッシュのまくりも持ち合わせ活躍していた。岩本と対戦した選手たちも、この実力を認めざるをえない強さを発揮し勝ち星を量産。

  そんな岩本のS級デビュー戦が千葉となりゃ、観戦に行かねばと千葉競輪場へ。初日の予選など得意パターンの押さえ先行であっさり押し切り余裕のゴール・・ナットクの内容で上がりタイムも14秒6でまずまず!2日目の準決勝も同郷の先輩赤井を連れ押さえ先行で楽勝。それもすんなりマークの赤井が4コーナーから置いてかれるほどの踏みなおしのすごさ・・。
レース後、赤井に話を聞きに行くと「あいつはホンモノだ」と・・。

  岩本がアマチュアのころ一緒に練習したことがあるが、番手を回って脚を溜めることができず後ろで踏みっぱなしの状態だったと。「へえ、ってことは」と、すぐに滝さん(滝沢正光)のことを思い出した。滝さんも後ろのマーク選手を引きずり回し、つきバテさせる先行をしていた。こりゃもしかすると、久々に千葉からスーパースターが出るかも・・。
 
  ただこの日の準決勝ではゴール後落車。明日の出走は大丈夫か?と心配したが「大丈夫です。ガンバります」と。最終日を迎え、同郷の先輩山賀の前で積極果敢に主導権を取り逃走劇を演じるも、昨日の落車が響いた様子で失速、着外に沈んだが・・。
  一緒に走った選手たちの口からは「岩本だったらFTぐらいいつでも勝てる」と太鼓判を押された。最近の若手先行選手を見ていると、かまし先行はいいが押さえ先行は苦手な人が多い。

  そんな中しっかり押さえて主導権を取り末脚よく粘る岩本は貴重な存在。誠が松戸ダービーを制して以来、久しく地元からGTタイトルホルダーがでていない。ここらで岩本を核弾頭に、地元からGT優勝者がでてもよかろう・・。そんな予感を感じさせてくれる岩本をしばらく追いかけてみる。
我が家のエコ対策
2009.6.17

 月に入り梅雨入りしたのかしないのか、不快指数も上がった蒸し暑い夕方、風呂から出て身体を拭いているときのこと。

 カミサンが風呂場にやってきて、ギョっとした表情でオレを見ている。 もうメタボな裸体は見慣れているはずなのに・・と思いつつも、
よく見るとその目線はオレの手元を凝視していた。 

「アンタ、なにやってるの?」ときたもんだ!
「見りゃわかんべ〜。身体を拭いてんだ」

「そんなことは分かってるわよ!拭いてるものがモンダイでしょ」と・・。
 それは風呂に入るときに脱いで洗濯籠に入れたオレの下着だ。
「自分の下着で身体を拭いて、何で怒られなきゃいけねーんだよ」

「アンタ・ナニ考えてんの。だいたい下着で身体を拭く人なんていないよ、信じられない」と・・。
汗をかいてるわけでもないし、バスタオルを出すのも面倒くさいと思ってしたワケだが。

 カミサンやバアサンの下着で身体を拭いてたのなら、怒られても仕方ない。(むしろその方が大問題だろ)。

 そこでオレも見え透いた言い訳で反撃にでた・・。 

1.バスタオルを使えば洗濯物が増え洗剤や、水が余分に使われ、環境汚染  が広がる。
2.政府も、エコポイントを導入し地球温暖化の防止に懸命に頑張ってる。 3.そこでオレに出来る、せめてものエコとなれば、洗濯物を増やさないこ とだろうと・・。

 これを力説するも、カミサンはオレのエコ行為に対し、冷たい視線を送り続ける始末・・・。
まったく説得力のかけらもなく、挙句の果てにはオレのことを汚い臭いと、汚物扱いしやがる。

 結果・・カミサンの一言。  
「アンタが、車券を買わないのが、我が家のサ・イ・ダ・イのエコ対策です!」と・・。

 ウ〜ン、痛い!!実に痛いところを突いてきやがる。

 もっと素直にゲロすればよかったと、反省も、今だにカミサンの目を盗んで、たまにオレのエコな行為は続いている・・。

 こんなオレって・・変?  

日帰り強行ツーリング
2009.6.3

 バイクのメンテナンスも無事終了し、遅まきながらオレのツーリングシーズン到来。
 少しパワーアップした感の我愛車「ロシナンテ」号も、車庫の中でウズウズと出番を待ち遠しく感じてるに違いない・・。
 
 そんなある5月の好天に恵まれたある日。
いつもの面々と一杯やりながら、四方山話に講じていると「師匠(オレのこと)明日はどうすんの?」と・・。
少し考えをめぐらし「な〜んもないから、ツーリングにでも出かけるべか」と・・。
そこから、急遽電話で相方探しに翻弄、暇をもてあましていそうな加藤君をゲット。  

 酔いも手伝い朝錬よろしく6時に集合をかけると、「1時間遅らせて」と、懇願され渋々了承。

 当日になり集合場所で待っていると、少し遅れて加藤君が到着。

「今日はホントに会津に行くんすか?」と・・。
少しビビったように、尋ねてきた。
オレも内心(酔っ払ってとんでもない事をいってかな?)と思いつつも、 いまさら後には引けまいと、「当然!」とツーリングを強行。

 道中を休み休みの行程で、午前中のギリギリに何とか会津磐梯山の麓までたどり着き、ガソリンスタンドで給油をしながら店員に美味い蕎麦屋を聞き出し行ってみると・・はて?。

 そこには蕎麦屋はなくカレー屋さんがポツンとあるだけ。
どうやら潰れてしまっていたようで。
仕方なく近場のお土産屋に立ち寄り、隣接する蕎麦屋でもり蕎麦を食し、 磐梯スカイラインに向け出発。

 山は「天気良し、景色良し」と男のロマンを掻き立てる絶景ポイントが果てしなく続き、気分爽快!!
山頂にはまだ雪が残っており、これがまた絶景!!

 帰りは土湯のにごり湯に浸かり、しばしツーリングの疲れを癒し家路に向った。
夕方、やっとこ我が家にたどり着きには、ヘトヘトに疲れていたが・・。

 久々のツーリングを満喫した充足感の方が遥かに優っており、一杯飲むとすぐに心地良くなりバタンキュー。

 が、あくる朝が大変な事となってしまった。
年甲斐もなく、鈍った身体で700キロオーバーの強行ツーリングをしたもんだから 体中がだるくて寝床から起きられず、ゴロゴロとしっぱなし。

 次回からは、これをしっかり反省し、600キロぐらいにするか!  

やってしまった!
2009.5.20

 たまには晩飯でも食いに行こうということになり、家族全員で高級?回転寿司へ・・。

 車中で「お父さん、明日は何してるの?」と娘から声をかけられ、「な〜んもないよ。暇してるよ」と。
「じゃあ明日成田へ送ってて」というからOK・・。

 回る寿司屋での晩飯は、会計のことをま〜ったく気にせず、思う存分飲み食いできるのが嬉しい。
娘などオレに「お父さん、絵柄のついた皿ばっかり取ってさすがにグルメだね」とぬかしやがる。
カミサンも普段ダイエット、ダイエットと騒いでるわりには、皿の数がオレより多く、

ほんとにそれでダイエットかよ、と疑いたくなる・・。

と、まあそんなわけであくる日になり、朝の10時ごろに遅い朝飯を食いながらテレビを見ていると・・・
携帯が鳴り出した。

 オオ、誰だ?と着信通知を確認すれば、ナントU字工事の片割れの益子君ではないか・・。
「ご無沙汰だね、どしたの?」と言えば・・「吉井さん!今どこですか?」

 「家で朝飯を食ってるところ」と答えると、慌てふためいた様子で「スタッフみんなで待ってんですけど!」と・・。
この時点でもピンと来ず、「はあ??ナニが」とオレ。
今日は「ごめん下さい、ヒデさんです。の収録ですよ」と。
エエッホントに、と。
手帳を開いて見ると、そこにはNGの文字がしっかりと・・。
どこでどうやってこんな手違いを犯したのか??

  そっからがタイヘン・・。飯を食うのを途中で投げ出し大慌てで着替え現場に急行!!

 大遅刻の失態にもU字工事やスタッフのみんなはにこやか?幾分呆れ顔のも見えるのは気のせいか?
それでも文句一つも言わずにオレの到着を待っていてくれた。

 遅れた時間を取り戻すべく、そっからが大忙し!
テンヤワンヤで移動し収録をこなし、ナントかその日のうちに終了することができたが・・・!

 あらためてU字工事のコンビの人柄のよさを再確認できたわけでして、どうもありがとね。助かりました。
 
 それから、U字工事やスタッフの皆さんには迷惑をかけ申し訳ございませんでした・・。

 ごめんね〜、ごめんね〜!!  

男の一本下駄!
2009.5.6

 新設なったSSシリーズに向かうべく早朝の佐倉駅へ…。始発電車なのに、行楽に向かう客がもう出没している。オレの隣にも旅行バッグに釣竿と思われる革の袋を携えた60過ぎぐらい中年?の親父がふたりで座ってきた。その親父たちは、携えた革の袋をやけに大事そうにしている様子…。

  なんだか好奇心の虫が騒ぎ出し、思わず尋ねると真剣が入っていると言うではないか。
  「へえ〜」と、ますます興味本位で質問攻めを開始すると、その御仁たちは京都で毎年この時期に行なわれている武芸大会に参加するとのこと。(すると、この時期の京都は全国各地の武芸者たちが集結しごった返しているそうだ)

  てえことは、この人らは昔なら侍たちなんだ…と。
  そんな目で見ると、オヌシやるな!隙が見あたらない様に感じるから不思議だ。しゃべる言葉すら、いちいち深くうなずきたくなり、東京駅で別れるころには、宮本武蔵か佐々木小次郎のような武芸の達人と化した2人がオレの中で出来上がっていた。
  が、現実に戻り新幹線を乗り継ぎ岸和田に着くころには、そんな武芸者たちのことは片隅に追いやられいつもの自分に…。

  前検日の取材もいつもの要領で済ませ、さあコラムを書こうと記者席に向かいかけると、背が高くなった奈良の佐藤成人がオレに声を掛けてきた。足元をみると、天狗の高下駄そっくりの一本下駄を履いている。どうしたの?と聞けば、この下駄を履いてから成績が一気に上昇したとのこと…。

  なんでもバランス強化に加え、足首がやわらかくなり姿勢が良くなったと。おまけにダイエット効果まで発揮していると…。

  オオッ・・ダッダイエットまで。こりゃ真剣に話を聞かねばと、あれこれいいことずくめの話のオンパレード。話を聞き終わるころには、すっかりダイエットモードに火がつき、下駄屋の電話番号も教えてもらっていたオレ…。

  今度こそは、続くかも・・・。

21世紀のケイリンの幕開け
2009.4.22
 佐世保で行なわれた共同通信社杯春一番は初日からオール予選となりリニューアル。しかも自動番組編成方式を取り入れた開催で、S級S班も条件は同じ。

  参加選手の中からは、この番組方式に賛否両論あったが、公平さがでていいのでは!という意見が多かった。オレもその意見には賛成で、見慣れたラインの3分戦や、地バンがなく初日からワクワクしながら観戦・・。

  番組が出来上がるのも待ち遠しく、出来上がってくれば普段は全く連係しない選手が連係をみせたり、 同地区(同県)の自力型同士が乗り合わせても別線を選択したりと、興味は尽きない。
  オレもそんな事を考えながら推理をし観戦する競輪は新鮮そのもの・・。

  4日間がすごく面白かった!準決勝など若手の機動型が目まぐるしく動き、入れ替わり立ち替わりのレースをされてはベテラン勢には辛い。 こんなレースが続くと、世代交代は意外と早いかも・・。

  大げさではなく、なんだか21世紀のケイリンの幕開けを見たような気がしてならない・・。
  決勝戦は浅井康太が押さえ先行で、番手をすんなり回った永井清史が番手まくりでGU初優勝。車券的には少しだけ儲かったが、カミサンの頬を札束で往復ビンタするまでには程遠く、次回に持ち越しとなった。 あらためまして、永井清史選手、優勝おめでとうございます。 永井時代を築けるよう今後も頑張ってください。
恐怖の有体離脱
2009.4.8

 家の下の印旛沼界隈の桜も満開になり、そこかしこで花見が行なわれてる。
オレの花粉症もボチボチ下火となり、冬の間冬眠していたバイクを動かすには、持ってこいの季節が到来。
当然のこと、一冬を車庫で冬眠したわが愛車にはメンテナンスが必要になる。
となると、それなりのカネがかかってくる。問題はそのカネをどう捻出するかである・・。
この日のために車券を当ててと、もくろんではみたが、イマイチ調子が上がらず今日にいたってしまった。

 そこで思案を重ねた結果、カミサンに直談判を決行することにした。
回りくどい言い方をすれば勘ぐられ、言い訳に終始し防戦一方で失敗することは明白。

 意を決しここは担当直入に「バイクのメンテをするから銭くれ」とカミサン救いの手を差し伸べたら・・・。

「アンタ、、なにいってんの!いい気になって、カネ、カネ、カネとナニ考えてんの」と小言が始まった。
まあ、これはいつもの儀式のようなもの・・。聞いてるふりをし我慢我慢・・。(世の亭主族も、こんなことは日常茶飯事ではないだろうか?)

 ところがこの日はなんだか様子が違う。
話は過去にまで遡り、オレが使ったお金がどんだけあったか、しかもそれがいかに無駄な使い方だったのかをトクトクとお話くださった・・。 これには、まいった。まったくよう・・。
いっつもそうなんだが・・・、女という生き物は男が忘れ去ってしまってる過去をいつまでも忘れず、これはという時に痛いところを突いてくる。

 かたわらでこのやり取りを聞いてないフリをしながら耳はダンボのバアサン(カミサン側の)も。
もしかしたら次は自分にも飛び火するのではと、息を殺し身を縮めながら戦線恐々とした様子・・。
オレを気使い、ときおりアイコンタクトでオレにエールを送ってくれる!

 それを察知したカミサンはバアサンをギロッとにらみ、厳しい一言「アンタは関係ないんだから、あっちに行ってな」と・・・。やっべ〜・・!!
 
 その先は有体離脱となり、あまり覚えがない・・・。

 あれから何十分かが過ぎ、言い疲れたのか、ガス抜きがすんで大人しくなったころあいを見はかり、 再度「おカネを恵んで」を切り出してみた。

 シブシブサイフの紐を開きながらカミサン一言「とうとう吉井 秀仁も地に落ちたか!」だって・・・!。

 チッキショウ・・。今に見ておれ〜!

 車券で大儲けし、札束で往復ビンタを食らわせてやる!!

若い頃を思い出した
2009.3.25
 

某所、某競輪場の解説に出かけたときのこと。

  中継スタジオのスタッフの一人にO君という「まじめ」が服を着てるような人物がいる。

  前回来たときに、O君に彼女がいることを聞かされていたが・・。

  中継前の暇な時間にそのことを思い出し話を聞いてみると、まだ交際は続いているとのこと。
  突っ込んでみると、交際は5年にもいたると言うではないか!
「じゃあ、ボチボチ結婚だ〜」と水を向けると「その気はあるが、まだ手しか握ったことがない」と・・。
  おいおいホントかよ・・・いまどきそんな純情路線があるのか?と疑念を持つも顔を赤らめウツムク。

  かたわらで話を聞いてたほかのスタッフやキャスター陣も「オッ」と色目きだち会話に参加。
  「なにやってんだ、それじゃダメだな。次回のデートで決めろ」とゲキが飛ぶ。

  そこで本番前にプロポーズ大作戦・・を伝授!!まずオレが彼女の役をやり、O君がオレに言い寄り打ち明けるシーンとなるはずだったが、耳まで真っ赤になりモジモジ・・。
  まともに相手を見ることも出来ず(まあ、相手がオレではその気になれないのもうなずけるが・・)
  回りからもこの状況にヤキモキしだし、イロイロと注文がとび、一所懸命に努力はするもののおぼつかない。まじめ君はマスマス赤面し額に大汗をかく始末。こんなことでは本番のプロポーズはままならぬ・・・。

  それじゃあ、ということで第2弾は手紙作戦でいこうことになり、またもやみんなでカンカンガクガク・・。

  ああだ、こうだと言っている間に時間切れ・・。

   久々に色恋沙汰にクビを突っ込み、昔の自分を思い出すことができ、
なんだかカミサンが恋しくなった1日でした。(な〜んちゃって・・^^。)

後日談・・・

  O君から電話があった。彼女にプロポーズしたが、その日は色よい返事はもらえずまんじりともせず一晩を過ごした。

翌朝、彼女から電話で「前向きに考えます・・・」との返事が!!

いやぁーホッと一息・・・。


 岸和田ダービー顛末記
2009.3.11

  前検日の朝からやっちまった!
 いつものように、大介が迎えにくる手はず・・・!(5時半予定)

 前日からオレも目覚ましを5時にセットし、万全のかまえをして床に就いた・・。
 ここまでは自他共に認める完璧な段取り!!

 が、違ったのは3時に目が覚めてしっまたことに尽きる。
あろうことかカミサンまで起きてきて(いつもなら高いびきで微動だにせず寝ているのに)「出かける前に、風呂に入っていけば」と気遣いをみせる。
 「そっか!それじゃあそうするか」と風呂の用意をし、ネボケ面で目覚ましのセットを4時に変更しなおし?、しばし就寝することに・・。

 ややしばらくして、ハナがけたたましく吠えまくる。
 起こされたカミサンが「ウルサイ」と一括!!ハナもこの迫力にシュンと身を縮め恨めしそうにカミサンの顔色を伺う。

 そうこうしてるとピンポンとチャイムがなる。
 そこにはすでに、大介が誠と迎えにいていた。

 久々の大寝坊!いっけね〜、やっちゃた!!と、あたあわてて着替え出発・・。

 「この分じゃ岸和田はヤベ〜かも」。と岸和田ダービーは・用心しいしいのシリーズ・に切り替え。

 ヤマケンもコツコツ取材に精を出し、馴れ始めてきた。
 そんなおり、ここ岸和田競輪場の検車で働く同期の菊谷修一と、一杯やろうということになり、2日目の晩に合流・・。
話といえば競輪のことだらけ。この男も昔から「1に練習、2に練習、3,4がなくて5に練習」と朝から晩まで競輪漬けの人生を送ってきただけに、しゃべりだすと熱い。
 現役を引退し今は倅の信一君の事が気になるようだ。
 こんなオヤジに四六時中マークされては倅もきついだろうに・・と、思いつつも口を慎むことにした!

 そんなこんなで、ダービー2次予選で大介がレース中に接触事故を起こし、右人差し指を骨折する怪我を負ってしまった。
 調子が良かっただけに、残念な結果となってしまった!

 あくる日、様子を伺う電話をすれば、元気な声で「大丈夫です。指だけですから練習できます」と、オレの期待通りの答えが返ってきた。
 「大介も真の競輪選手になったな」という思いにさせられ少しうれしくなった。

 6日間の長丁場を戦い抜き武田選手の優勝で幕を閉じた岸和田ダービーだったが、オレも昼夜を問わず活躍?し精魂尽き果てたよ・・。

 師匠様にはかなわない!
2009.2.25

 今年の正月に師匠(須藤一男)のところへ新年の挨拶に出かけたとき。

 しばらくぶりの訪問だけに、オヤジ(師匠)宅の前に立つといささか緊張するもんだ。

 が、オヤジは留守のようでオッカサンが居るだけ・・!。
 こっちは拍子抜けの感はあったが、まあいいやと上がり込み、しばらく談笑…。
  さあ、帰るかと、そこに正明(師匠のセガレ)が現れた。

  このごろミンナが現役を引退し、つくもグループ(ほとんど忘れられた名称)も集まっていないねと。
  そういえばポツリポツリそれぞれに会ったりするが、弟子一同が全員で集合したのはいつの頃だったか・・・。

  そこで正明に召集を依頼し、2月21日の集まることとなった。

  メンバーは師匠と中野信行、井上馨、寺岡宣行、斉藤修、小守徹、加藤岡正孝、オレ。(仕事の都合がつかず鶴岡民治さんは欠席)。

  ややくたびれた感じの面々だが、顔色もよくそれぞれに仕事を持ち充実した様子…。

  お互いの近況などを話し合い、話題は競輪のこととなる!

  現役を離れても話が競輪になると熱くなってくる。

  今の競輪はどうだとかイロイロな話にはなるが、現役と違うのはレースを走る事ではなく、車券についてのことばかり・・・!。

  ついには「スピードでヒデさんの解説を参考に車券を買っても、なかなか当たらね〜」と、鉾先はオレに向いてくる始末・・。

 そんなことも、いつしか競輪選手をやってて良かったに変わり、「もう一度走りたいと・・」思うが・・。

 ホントにやるのと聞けば、「いやいやとんでもない。もういいやと」。
 修なんか、「もっと早くやめれば良かったよ。練習しなくていいし、毎日が楽しい」とすっかりサラリーマン生活に満足している様子。

  が、オヤジはやっぱり選手に対する思い入れが一番強く、今も熱く競輪を語る。

  そんなオヤジの夢は、「今だに車券では負けてね〜。だから、今後は車券でメシを食うこと」・・だと!。

  ひゃ〜〜ビックリ、タマゲタ師匠様・・!。
  現役離れても師匠にはかなわんらしい・・・・トホホ。

元気一杯!静岡記念
2009.2.11
 山田裕仁選手の優勝で終わった静岡記念…。

  オレもイベントで参加していたが、ナンデ・ドウシテ?と思うぐらい静岡の人たちは元気だ!
  まるで不況など「どこ吹く風」といわんばかりに昼も夜も元気イッパイ。
どことなく一足早い春が、ここには、すでに来ているようで昼間も夜も暖かい。

  そんなんで、お調子者のオレもこの元気をもらい、4日間のイベントをこなし、尚且つあまった勢いでDJカツヨシさん、A女史らと夜の街を徘徊…。
  大いに盛り上がり、呑み過ぎでね〜のか?と思えるぐらいやっちまった。朝起きるとヤッパリ呑み過ぎがタタリ、どうもすっきりしね〜。
 が、競輪場に入ると元気なファンが待ちかまえていて、そこで元気をもらい充電…!!
  と、こんな繰り返しをする毎日で、あっという間に最終日を迎えてしまった。

  そんな中、今シリーズは渡邉晴智を頭に新田康仁、村本大輔、石橋慎太郎ら地元勢そろい踏みでファンは期待するも、決勝戦進出を果たしたのは渡邉晴智ただ一人と、期待したファンにとっては、残念な結果となってしまった。

  ところが、92期の木暮安由と牛山貴広の活躍には目を見張るものがあった。 特に木暮は「明らかに力をつけているぞ」と実感させられるレースを見せ付けた。 初日特選で吉川誠―新田康仁の2段掛けの展開をまくって圧勝。準決勝戦でも大名マークの晴智を振り切りまくり勝ち。レースセンスの良さに加え身体も一回り大きくなり、たくましさが加わった。

  牛山も1着上がりの準決勝Cで、小林弘和―荒井崇博の2段掛けを、ゴール前でまくり切り決勝進出を決めた。レース運びは、まだ荒削りなところはあるが、今後も大きく期待できる。

  静岡記念の収支は元気な静岡ファンのおかげで、トントンで、今回は勝ち組かも・・・?
ビギナーズラック炸裂
2009.1.28

今年の一発目となるG小倉競輪祭は、 流れを替え、新幹線で行くことにした。
前検前日に出発!
目的は防府で途中下車をして、同期の渡辺さんと縁起物のフグ三昧で勢いを付
けること・・。
  午前中の便で乗り継ぎながら気分は遠足モード。
家からダンダン離れていくと、気持ちもなんだか晴れやかになり、
新幹線の中では駅弁と缶ビールを片手になぜかカンパイ!!(こんな気分にな
るのはオレだけか?)

夕方、防府に到着し渡辺さんと約束の時間に合流。
しばらくぶりに会う渡辺さんは、多少白髪が多くなり歳を取った感はあるが、
  元気いっぱい!

 迎えの車で渡辺さんの行きつけのすし屋さん到着すると、
この店の大将も競輪大好き人間と言うことで、小倉競輪祭の前祝を兼ねビール
  でカンパイ。
その後、お目当てのフグとひれ酒をやりながら話が弾み、いい感じに時間が過
ぎてお開きとなるはずが・・・。

「せっかく防府に来たんだし、軽くもう一軒行こう」と渡辺さんに促されるまま
  付き合ったが・・・。
これで渡辺さんに火が付いてしまい、1軒2軒とはしごをするハメに・・!
気がつけば時計はとっくに12時を回り、夏ならうっすら明るくなる時間だ。
シンデレラボーイのオレとしては夜更かしは苦手なはずなのだが、
楽しく酒を飲み語らいカラオケで歌い、と大満足な一夜を過ごさせてもらい競輪
  祭に向け充電完了・・!!

前検日はいつもの通り取材をしコラムを書く流れなんだが、
今回からヤマケン(山口建治)が競輪評論家デビュー・・。
選手時代とまったく勝手が違うことに戸惑いながら、
新人らしく挨拶を交わす仕草は、見ていて初々しい・・へへへ。

ヤマケン車券デビューの初日は素直にラインで買ってビギナーズラック炸裂で当
りを連発!!

(いっけね〜!オレも乗ればよかった)と心で思ったが・・。
車券歴はオレが先輩でもあり顔に出すわけにはいかず、後の祭りであった…

競輪祭決勝は8番手から山崎が、山田のまくりにのり、驚異的なスピードで
ゴールを突き抜けた。
今年も山崎健在!
年間グランドスラマーも夢ではない走りだった!

車券的にはかろうじて決勝は取ったが…次回は挽回するぞ!!!!!



追伸
手島慶介選手の訃報を聞き、驚きとともに残念でなりません。
謹んでご冥福をお祈りいたします。



ドライフラワー
2009.1.14
 いや〜、びっくりたまげた!!
ナント去年の大晦日に突然ヤマケン(山口 健治)が引退・・。

実はその日、オレも松戸に顔を出していたが、まったく知らされておらず・・!。
気持ちは「グランプリをやられっぱなしで、08年を締めくくるわけにはいくもんか」と、リベンジに燃えての参戦!
ついでにいつもお世話になってる松戸競輪場に挨拶がてら、最後の一勝負と勢い込んで出かけていった次第。

お目当ては6Rのヤマケンが走るレースではなく、11Rの岸沢と12Rの決勝戦で勝負と決めての参戦。
岸沢が勝って3連単ははずしたが、2車単で車券をゲットで半分にっこり。
決勝戦は芦沢が先行し、番手すんなりの大園が抜け出し久々に優勝でこれもゲット(とりがみ)
これで09年になんとか繋げることができたと、溜飲を下げ帰宅したのに・・・。

その晩は晩酌をやりながら、ほろ酔い気分で紅白を見ているときだった。
なんの前ぶれもなく電話がなり出てみると、ヤマケンが「オレやめたから」と?
なに言ってんだ??「なにをやめたんだと・・!」たずねれば選手を引退したからと・・。
「なにを冗談言ってやがんだ」と、思いつつも話には真剣さが伝わってくるではないか。

ゲゲ〜、こりゃ本物だ・・。酔いも醒めびっくり仰天!!
滝さんが辞め、最後に残ったヤマケンも辞め、これでフラワーラインもドライフラワーと相成りジ・エンド・・。

寂しさ半分、ホッと一段落した気持ちもあり、新年を迎えた次第・・!
今後のヤマケンは、スポーツ報知の競輪評論家として活躍するそうで。
江戸弁の歯切れ良いコラムと、トークで競輪ファンを魅了してくれるはず・・。

皆さん、大いに期待しつつ応援してくだされ!!(ついでにオレも・・なんちゃって!)

吉井秀仁
よしいひでひと
昭和31年千葉県生まれ。
昭和51年10月、38期生として選手登録。同51年11月千葉競輪場にてデビュー戦を完全優勝で飾る。二年後の53年に新人王、翌年の競輪祭では競輪王の称号を獲得し一気にスターダムをのし上がった。55年前橋ダービー、59年西宮オールスターを優勝。通算出走数2073走、1着464回、記念競輪優勝数30回(歴代15位)。華々しい成績を残して平成14年7月現役を引退。現在は東京中日スポーツ専属解説者、テレビ、イベント等で活躍中。
吉井秀仁
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21世紀のケイリンの幕開け
怖い有体離脱
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岸和田ダービー顛末記
師匠様にはかなわない!
元気一杯!静岡記念
ビギナーズラック炸裂

ドライフラワー


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